高校生の朝の登校時、電車でお尻や足を一駅着くまで触られ続けた!後を振り向けずよけられなかった!

高校生の朝の登校時、電車でお尻や足を一駅着くまで触られ続けた!後を振り向けずよけられなかった!

【性別】女性
【年齢】(痴漢された当時)
16歳
【職業】(痴漢された当時)
高校生

【住まい】(痴漢された当時)
父と同居の二人暮らしでした。
朝電車に乗って高校に通学していました。
生徒会に加入していたので急いだ感じで登校していました。
高校の普通の時間より早かったためかあまり同じ高校生はあまりおらず、一人で登校していました。
友達は男女共に結構いて、生徒会等の先輩達とも仲良くさせていただいてました。
制服が茶色のチェックスカートで結構派手ですが可愛いかったので、友達と流行のクレープ食べたりプリクラを撮るのを学校生活と共に楽しむ毎日でした。
父の分と自分のお弁当を作って登校していました。





【痴漢された時の状況】
いつも高校で決まった時間に電車に乗り、人が多く大体年配の人が座っていたので立って電車に乗り通学していました。
朝ということもあって、いつも電車内は満員に近い感じでした。
なるべく荷物が多かったので手すりをもって、扉側に行くような感じで揺れる電車に両手が塞がった
状態で乗ることが多かったと思います。
服装は当時流行っていた短めのスカートにベストを着た制服でした。




【具体的にされたこと】
初めは鞄のようなとがったものがあたったような感覚ですが、すぐに手があたったような感覚はありました。
スカートが短かったため、ほぼ素肌を触っていたと思います。
人が多すぎて直接手を見たことはありませんでしたがずっと、足、太もも、お尻のような辺りを触られていたと思います。
気持ち悪い!と思いましたが何故かあまりよけられませんでした。
自分なりに大きめの鞄でかくしたりしたのですが駄目でした。
手を掴んだことがありましたがはらおうと思った時、上半身まで触られそうになりかなりの不快感で、うまくかわせず、次からは動けなくなりました。
日にちが経つと、下着の中に届きそうになり、更なる不快を感じて降りた後すぐに歩き出すのは無理に感じ、少し休んで学校に行くようになり気持ちも落ち込んでいきました。




【痴漢してきた人物】
私の場合はその当時付き合っていた方が一緒に乗車してくれるようになったので、犯人は判明したのですが、性別は男性、スーツの上にダボダボの長い黒いジャンバーを
合わせて大きいビジネス鞄を持って乗車していました。
私とは全く関係無い人で、面識もありません。
人が多かったときに人を覚えようとして足下をよく見ていたのですが、
革靴でいつも自分の真後ろではなく斜め後ろくらいにいたと思います。




【最悪で強烈な記憶】
普通に乗っていたいつもの電車。
今日は人も満員じゃないからと安心した日に限って痴漢男の登場は早い。
本当に不快。
触ってくるから身をよじったり、お気に入りの鞄で
触られるの嫌だなと思いながらも身を守る為に防御する。
ここまでの朝日のきれいと汚い手が記憶にこびりついてました。
後ろを振り返ろうとしてもできずに人とぶつかる。
視線が全て痴漢男のように見えて自分がおかしくなったんじゃないかとむかつくことに自分が嫌になる!
痴漢男が悪いのに、誰?って手をつかんで引きずり下ろすか蹴ってこの窓からいなくなってほしい。
自分が何もできない無抵抗な少女に見えて弱さに悔しくて声をあげたくても涙が出て結局悲しくなりバカヤロー!と毎日叫びたかった。




【どう終わったか】
私の場合は長かったと思います。
乗ってすぐから一駅に着く手前くらいはずっと触られて、逃げようとしてを繰り返していました。
やめてと小さく声が出た日があったのですが、真後ろの人に、傘があたっただけだろ?みたいな顔をされたり、OL風のスーツの女性に気のせいじゃない?
みたいな冷たい視線のように感じるものをみてしまってからは、痴漢男以外の方に勘違いされてからの冷たい視線が怖くなり何も言えなくなったように思います。
痴漢行為は終わることなく降りるまでずっとだったと思います。




【相談と助けてくれた人】
私の最寄りの駅は改札を出たら、飲食店やお店があり、トイレで泣いてから登校するというスケジュールに変わっていきました。
駅のホームまでいくときに何度も振り返る私の行動に不審を抱いた女友達が一緒にいてくれるようになり、トイレではなく、学校の教室で泣くようになりました。
ハンカチをくれ、ここに嫌な気持ちをぶつけてくれたら私が洗濯してくると言われたのが嬉しかったです。
その当時おつきあいしていた先輩の男性がお友達の時から手を繋いで、一緒に乗車してくれ、後の様子や私の後に立って私を覆うように立ってくれたのはとても
嬉しかったですし、その中でも一度痴漢男が登場したのですが、人が多くても痴漢が居るので移動しますと駅に着く前にその場所を離れられたのはとても嬉しかったです。
自分が汚れた感じが唯一なくなったように思います。
又、怖くて助けられないのはその当時の高校の女性達で、自分より背の低い女子は視界が狭くて役に立てないと相談もしてないのに言われたことがあります。
学校の男性の先生は皆のいる前であったことを話す時間はどうするか?今大丈夫かなど、かなり空気を読まない無神経な聞き方をしてきたように思います。
その度に被害に遭った人は傷ついたと思いますね。




【痴漢のその後】
私の場合はおつきあいしていた先輩が一緒に乗車してくれるようになって、それでも痴漢男が現れた時のことです。
手を掴んで下車し、彼が車掌さんに連れて行ってくれた
事があります。
そこでは私は入らなかったのですが、彼の話から会社員で、制服で定期を確認してしばらくは降りないと確信して痴漢していたそうです。
初犯と内容から厳重注意、もうしませんと泣いていましたが、常習から会社に連絡していたそうです。
会社辞めろ!と彼がすごんだりしてくれましたが、恨まれるのが怖く、
その後警察からも被害届の話も来ましたがお断りをしました。
なのでその犯人も辞職はなかったと思います。
被害届をだせば犯人の処遇に意見できたと状況からは思います。




【現在の生活】
私の場合、そこから20年はたったので、思い出しても、車掌さんのところで捕まえられたのも同時に思い出されるので今の心の傷はだいぶ薄いと思います。
ただ当時は違う電車でも痴漢に、居眠りをして座っていても痴漢に合うような周りの方が助けるということは今より少なかった時代だと思います。
今はとにかくお金や時間がかかっても下車するようにして、堂々と次に乗る電車を考えるようにしています。
一人旅行も好きですが、複数の方と行く旅行やお出かけを楽しもうと積極的に行動するのもプラスになったかなと思います。
ただいまだに同じ電車同じホームは頼まれても行きたくないです。
そこは傷として残っていると思います。

【学んだこと】
勿論被害に合った女性は段々と疲弊していくので、絶対ではありませんが、早めに避難場所を見つける事だったと思います。
私の場合は父のシングルファザーだったので家は考えませんでしたが、広くひらけた場所や、家の中でも心落ち着く場所で発散してから次の行動に
移った方が立ち直りたいと思った時にステップが楽になると思います。
気持ちの整理や人に話すことはものすごく被害者には労力のいることです。
その程度が分かったら好きな物を囲んで、落ち着く、ゼロになれるようにしていくことは大切なのではないかと思います。
痴漢は卑劣な行為ながらいまだに現行犯だといわれています。
なので警察や学校、職場が必ずしも自分の味方だなと感じられる発言や行動はしてくれないかもしれません。
その時は頑張らず日にちや話してみてこの人の言い方無理と思ったら文章や付添人を考えて対処した方が良いので早めにその場を離れることは重要だと思います。
残念ながら自分の傷は人に「話せないほどつらい」「理解してくれなくて良いから必要なことは答えるので、質問は出来る範囲で」と伝えてみるのも良い手だと思います。



【当時の自分へのアドバイス】
当時の自分に言いたいことは、おしゃれを気にしすぎるなということです。
当時は校則は厳しいのに守ってる人は少ないみたいな雰囲気が強かったと思います。
なので今ほど学校以外の施設が安全ではありません。
助けてくれる人も少なく、親はあまり理解してくれません。
必要さが友人や学校行事などで説明しずらいからです。
なので、我慢せずどこにも属さないボランティアの方や担任以外の先生、近所の方に相談して下さい。
又、犯罪なら無料の専門知識を持った方の講座や電話相談も有効だと
思います。
また当時と変わらないのは自分で手をつかんで警察には危険な行為です。
証拠を集めてどこに連れて行くか、準備が必要なこともとても重要だと思います。